《短編》空を泳ぐ魚
「セナー!
頼むから、俺らのバンドでキーボードやってよ!!」


「…やだよ。
あたし、見てるだけで楽しいし。」


誠のもう何度目かわからない誘いに、煙草の煙を吹かした。


ピアノは昔習っていたけど、プロを目指すほどの腕はないし。


確かにイチから音楽を作り上げるのは楽しそうだけど、

そこに至るまでの苦労やなんかは、みんなを見てれば十二分に感じてるから。


好きな時に、好きなように弾いて、しかも文句を言われないなら良いけど。


そうじゃないんだから、お断りだ。



「…しかし、今日のトリのバンドは凄かったよな。
あのギターの腕は卑怯だよ。」


「…そんな心配するより先に、テストとか卒業のこと心配しなよ。」


たまに一緒に帰ったりする誠の話は、いつも決まって音楽一色。


ちなみに誠は、ステージでは“エム”と名乗っている馬鹿だ。


誠の“M”らしけど、一番最初に聞いた時は、何て単細胞なんだと思った。


まぁ、本名よりは全然それらしいけど。


馬鹿みたいな誠と、馬鹿みたいな会話。


そんな話をしながら、あたしの家の近所のコンビニまで送ってもらったりする。



「あっ、セナ!
あれ、お前のクラスの副担任だろ?
えっと、“岡部”だっけ?」


「―――ッ!」


突然に声を上げた誠の言葉に驚き、足を止めてしまった。


こちらに気付いていないのだろう大先生様は、自らの家の方へと歩いている。


相変わらずの可哀想なコンビニ弁当を手に持つ姿に、思わず笑ってしまいそうで。



「ゲッ、マジかよ。
アイツ、この辺住んでんの?」


「…さぁ?」


一応、こんな風には言ってみたけど。


ちょっと“バレるとヤバい!”と思ったあたり、

やっぱり教師との密会はいけないことなのだろうな、って。


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