《短編》空を泳ぐ魚
「清水!
お前、いつになったらノート提出するんだよ?」


教室に入るとすぐに、今度は教師があたしを見つけて歩み寄ってきた。


うちのクラスの副担任で、おまけに英語の教師。


新卒で教師やってくるくせに、みんなに人気だからって偉そうなのが気に入らない。



「…気が向いたらね。」


「…それは何度も聞いた。
いつ気が向くのか、って聞いてるんだよ。」


「…あたしに聞かれたって困るよ。」


「お前のことだからお前に聞かなきゃわからないだろ?」



この男との会話は、非常に疲れる。


いつも、堂々巡りみたいな会話を、延々とさせられてる気がするから。


ため息を混じらせながら、逃げるようにいつも、会話を終わらせてしまうあたし。


結局、学校へ来ても教室に居ることの方が少ない。


まるで捕えられてでもいるような四角い窓から眺める空は、

余計に遠く感じてしまうから。


息苦しいばかりの場所。


あたしはただ、縛られたくないだけなのに。


“何者かに縛られてる方が、安心するんだ”と人は言う。


帰る場所があるからこそ、自由に泳げるのだと。


初めからそんなものがないあたしには、その感覚すらわからないのに。


息苦しい場所に居ることが、あたしにとっての“当たり前”じゃないだけ。


大海原を自由に泳ぐ魚に、憧れに似た気持ちさえ抱いてしまう。


たとえいつか大魚に食べられようとも、それが自由に生きた結果の、

自然の摂理ならば何と思わない。


ただこの場所は、どう考えても自然の摂理からははみ出していると思えて仕方がないのだ。


人々の放つ熱気の所為で、空気が淀んで感じてしまう。


だから余計に、あたしは息苦しい。



< 3 / 35 >

この作品をシェア

pagetop