YOU&I
啓ちゃんの親の車がなければ、自然と勝手に入っていいというあたし達の間に知らない間にルールができていた。
呼び鈴を押す前に車をチェックしたけど、車庫には何も入っていなかった。
玄関を開け、啓ちゃんの部屋のドアをそっと開ける。
「‥啓ちゃん?」
物音一つしない啓ちゃんの部屋。
1歩部屋に入り見渡すと、ベッドの下に制服が脱ぎ捨てられている。
そしてスウェット姿でベッドにうつ伏せになっている啓ちゃんが見えた。
寝てるのかを確かめようと、ベッドの前に膝をついたとき、ベッドの掛け布団が動いた。
「…由衣。来ると思った」
うつ伏せのまま顔をこちらに向けた啓ちゃんの目は、真っ赤だった。
「啓ちゃん‥っ」
「男の子にもね、泣きたい時ってあんだよ」
あたしの言葉を遮り、おどけたように笑ってベッドから起き上がった。
また、意思が揺らぐ。
あの日、さよならしようとしたあたしは、結局1週間という短い期間でその意思は崩れ去った。
あたしは今、あのときと同じ事をしようとしている。
「…啓ちゃん、どうして殴ったの?」
「‥そんな事きいて、どうするの?由衣」
「えっ…」
「由衣が俺んちきてまで話そうとした事と、関係あるの?あるなら、話すけど」
少し考えれば、すぐわかる事。
関係"ある"と言えば、それはつまりあたしは啓ちゃんじゃなくて涼喜を選ぶと言うことになる。
でも違う。
あたしが啓ちゃんに話そうとしていることは、あくまで啓ちゃんとあたしだけの話。
涼喜は、関係ない。
あたしは小さく、でもしっかり首を横に振った。
「そっか、よかった」
最後の方は小さくなって聞こえなかったけど、啓ちゃんは安心したらしかった。
ここでもし、"ある"と言ってあたしが涼喜を選んだと言えば、啓ちゃんはどれだけ辛いんだろうか。
あたしにはわからない。
でも啓ちゃんはそれを一番恐れているという事だけは、わかった。
しかしそのときは、いつかは絶対にくるという事も、啓ちゃんはわかってるんじゃないかな。