白雪姫
ヒロシと別れた夏実は学校にもあまり行かず、家の中で塞ぎ込んでいた。僕も夏実にあわせてなるべく家の中にいるようにした。大学四年生の僕は、大学にはほとんど行かなくてもいいし、就職だって決まっている。僕は夏実の為に何でもした。夏実が欲しいと言った物は急いで買ってきたし、夏実が食べたいと言った物は何でも作って食べさせた。
まるで本物の白雪姫の様に、夏実は家の中に閉じこもりじっとしていた。

「ねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃんは何で私にこんなに優しいの?」
ある時夏実が僕に聞いた。夏実は真っ黒な瞳をどんよりさせ、更に痩せた体を小さく小さく丸めて居間のソファに座っていた。
しばらく美容院に行っていないのか、根元から黒い髪が生えてきていた。黒い髪に白い肌。
化粧をしていなくても唇は真っ赤な血の様で、やっと僕の白雪姫が戻ってきた......そう感じていた。
「なんでかって、僕は夏実の小人なんだよ」
僕はそう答えた。夏実は何度か瞬きをして不思議そうな顔をしたけど、それ以上は何も聞こうとしなかった。
夏実は僕の隣りにちょこんと座ると一言つぶやいた。
「お兄ちゃんみたいに優しい人と付き合ったら、きっと幸せなんだろうな......」
僕だって本当は王子さまになりたい。そして、もしかしたら王子さまになれるかも......僕に頼り、甘え、すがる夏実を見て、僕は淡い期待を持つようになっていた。

「お兄ちゃん、聞いて、ヒロシがね、やっぱり私とやり直したいんだって」
息が凍るほど寒い冬の日、夏実は頬を真っ赤にして僕の部屋に飛び込んできた。
「ヒロシがね、やっぱり私のほうがいいんだって。あの子より私の方がいいんだって」
夏実の瞳はキラキラ輝いていた。
「お兄ちゃん、本当に色々ありがとう」
夏実の言葉は残酷だった。無邪気に笑う美しい姫はとてもとても残酷だった。
僕は心臓に無数の針が刺さった様な感じがした。
針は心臓から血液に、肺に、胃に増殖しながら移動し、僕を苦しめた。
姫は王子を見つけて小人を置いて出て行く。
愛しくて愛しくてたまらなかった夏実なのに......夏実が憎い。そして、そう感じた自分が少し恐かった。

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