ささやかなお話
それから
 やがて、小さなこの子は大きくなって、村の若者に見そめられ、小さな家で暮らすようになりました。

 この子はずっと馬小屋で寝起きをしていたので、生まれて初めて布団というものにくるまることが出来ました。くるくるあっちの家、こっちの家と掃除をしたり、洗濯をしたり、食事の用意を手伝ったりしていたので、家事はお手のものでした。ですから、生まれて初めて、自分が大切に思う相手と、二人だけのためにささやかな食事を作り、家の中を綺麗にすることが、この子の心をあたたかな安らぎで満たしておりました。

 見そめてくれた男のためになんでもしよう、感謝と愛に満ちたこの子の心は、輝いておりました。

 幸せな時間は果てしなく続くように思われましたが、この子は「あらがう」ということを知らないで、成長してしまいましたので、男に言われるがままの生活をしておりました。男の言うことはすべて満たしてあげようと、一所懸命でした。

 最初のうちは男もこんないじらしい娘がほかにいるものかと大変な可愛がりようでしたが、いつの間にか、どことなく物足りなさを感じ始めておりました。
 
 やがて、男は酒場で気の強い娘と恋に落ち、家には戻らなくなってしまいました。

 この子のからだには、赤ん坊をあずかる部屋が用意されていないらしく、子を授からない孤独と夫がもどらない悲しみはつのるばかりでした。

 それでも、家を綺麗に掃除して、いつ男が戻ってきてもいいように、ささやかな食事は二人分用意されてありました。

 風のたよりで、男と酒場の女の間には赤子が生まれたという知らせが舞い込みました。

 この子は「あらがう」ことも「憎む」こともわからない小さな女の子のまま成長したものですから、やはり、あらがいもせず、夫を憎むこともせず、自分の心に深く深く広がっていく悲しみばかりを見つめておりました。
 
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