それは舞い散る桜のように





「さて。すいません、仕事が残っているので、この辺で。あ、あとすぐに理緒を呼んできます」

「あ、そんな、いいですよ」

「いえ。理緒の奴も、気にしてるはずですから」


彼はそう言うとすっと立ち上がり、白衣の裾を翻して、颯爽と去っていった。

歩き方までもすごく綺麗で、その後ろ姿にはつい、見惚れてしまうほどだった。



「……今の人……医者?」


そう訊くとお母さんは、頷いて、


「血液内科のね。御崎日向(みさきひなた)先生よ」

血液内科。だから、お母さんと知り合いなのか。そう納得する。

でも、あんなに綺麗で、しかも医者だなんて、やっぱり人生ってどこか不公平だと思う。

いや、でもーほんとうに、知性と品格に満ち溢れたような雰囲気の人だったなぁ、と振り返る。


「綺麗な人でしょう」

というお母さんの言葉に、「すごく」と即答する。
10人中10人がきっと認めるであろう美人だった。男の人に美人という言葉が合うのかわからないけど。


「まだ、若いよね?」


「うん。確か30歳いってるか、いってないか。血液内科の期待の新人ってところね。まだ結婚されてないし、彼女もいないっていうから、看護師から大人気」


「……なるほど」


あんな綺麗なお医者さんがいたら、私が看護師でもきっとファンになってると思う。
あんな綺麗な男の人、いるんだ。


優しく笑った。大人らしく落ち着いていた。

柔らかい、心地のいい、日だまりにいるような雰囲気だった。


ーー触れた手の温度を思い出して、鼓動が少し速まるのを感じた。

……そう、あと、綺麗な手だった。
細長くて、適度に骨ばってて。
青白い血管が、静かに脈打っていた。

また会いたい。
なんとなく、そう思った。





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