私立聖ブルージョークス女学院2
 あと数日で終業式という日、寮へ戻る途中でチャペルの側を通りかかった環は、えも言われぬ甘い香りがチャペルの中から漂って来るのに気づいた。どうも香水の匂いに思える。聖ブルージョークス女学院では生徒はもちろん女性教師でも勤務中の香水の使用は禁止されているはずなので、ゆゆしき違反行為だ。
 環は憤然とチャペルに足を踏み入れたが、そこには学校に出入りしている5人もシスターが、壁に掛かっている一枚の絵の下で祈りを捧げているだけだった。うち一人が環に気づいて声をかけてきた。
「あら、神津先生。どうかなさいましたか?」
「あの、いえ、この中から香水の匂いが流れて来たように思ったんですが。もしそうなら校則違反ですから……」
「ああ、これの事でしょう、きっと」
 一番年長のシスターが環を手招きし、真っ白い壺とその前の小皿で小さな炎を上げて燃えている灯を指差した。
「これは香油という物ですよ、先生。今日は7月22日、マグダラの聖マリアを記念する日ですから」
「ああ、最近アロマセラピーとかでも使うあれですね。でもそれが聖母マリアと何か関係が?」
「いえ、聖母の方のマリア様ではありません。新訳聖書には最低3人、数え方によっては9人も『マリア』という名前の女性が登場します。マグダラのマリアというのはその聖母様以外のマリアの一人で、イエス様の足に香油を塗り、自分の髪でそのおみ足を拭いて差し上げたと記されている女性です。ほら、そこに肖像画が掛かっていますでしょ」
 そう言われて見上げると、髪の長い若い女性が肩に壺を抱えた姿で描かれていた。そのシスターが続ける。
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