私立聖ブルージョークス女学院2
August
 夏休みの登校日は8月15日だった。終戦記念日だからではなく、その日が聖母被昇天日、つまり聖母マリアの命日とされているからなのだそうだ。
 登校日と言っても簡単な全校集会と各クラスでのホームルームだけで昼前には予定は全て終わってしまうのだが、夕方まで生徒指導室で生徒の悩み相談を受け付ける事になっていた。そして今年は環がそれを担当する事になった。
 この学校は女性教師も30代以上の年配が多く、多感な年ごろの女生徒の悩みを聞くには出来るだけ年の近い女性教師がいいだろうという事になったのだ。それならあの綾瀬という女性教師もいるだろうと思ったが、なぜか職員会議で片山が猛烈に異議を唱えて、環が担当する事になった。
 指導室で待てど暮らせど、しかし、生徒は誰もやって来なかった。まあ、こんな事だろうと環は最初から思っていた。今どき人生うんぬんなんて深刻な悩みを学校の教師に相談する十代の若者なんかいるはずがない。年が近いだけに環にはよく分かっていた。時間まで暇つぶし用に持ってきた文庫本を読んで過ごすつもりだった。
 ところが一時間前になって遠慮がちにドアをノックする音がした。環はあわてて文庫本をバッグにしまい居住まいを正した。
 入って来たのは、2年生の細身の生徒だった。生徒のカウンセリングの仕方は大学で一応教わってはいたが実際に行うのはこれが初めてだった。環はその時の知識を必死で頭の中から引っ張り出しながら、女生徒をリラックスさせようと笑顔を作った。
「まあ、緊張しないで気楽にね。それで、何か悩みがあるのかしら?」
「あ、あのう、これはあたしの友達の事なんですけど……」
 その女生徒は蚊の鳴くような小さな声で話し始めた。環は心の中でウンウンとうなずいていた。こういう時の「友達の事」というのは実は本人の事だと相場は決まっている。だが、もちろんそんな事には気づかないフリをしてあげるのがセオリーである。
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