私立聖ブルージョークス女学院2
 さて片山に別れのあいさつをしなければ、と環は彼の姿を探した。どこか胸の奥で、さびしいような悲しいような感じがした。だが、片山の姿が見当たらない。すると一人の生徒が血相を変えて環の所へ駆け寄ってきた。環の腕にすがりつくようにして泣きそうな顔で言った。
「神津先生!一緒に来て下さい。川本愛梨さんが刃物を持って、自殺するって言って……」
「え!」
 川本愛梨……思い出した。いつか環に愛の告白をしようとして環が取り付く島もなく断ったあの百合趣味の生徒だ。
「自殺って、なんでまた?」
「神津先生がいなくなると知って、先生に会えなくなるくらいなら、いっそ死ぬと……」
「大変!あの!」
「先生!だめです!」
 周りのいた他の教師に呼びかけようとした環をその生徒は必死で止めた。
「他の先生が近寄ったりしたら、川本さん本当に喉を刺して死にます!神津先生しか止められる人はいないんです!だから、他の先生たちには内緒で……」
「わ、分かったわ!」
 環はその生徒に案内されて、とにかくその場所へ向かった。そこは校舎と塀の間の狭い場所で、木と建物の雨どいの間に洗濯ロープが渡してあり白いシーツが何枚も干してあった。
 その向こうに川本愛梨は隠れているらしい。その現場を遠巻きに、環が顔を見知っている十人ほどの生徒が心配そうに見守っている。シーツの側にいた一人の生徒が蒼い顔で環の所へ駆け寄ってきた。
「先生!愛梨を助けて!」
「それはもちろんよ。でも、どうやって?」
「あの、最後にせめて先生とキスしたいと……」
「キ、キス?!」
「はい。そうしたら、せめて最後の思い出ができて、死ぬのは思いとどまってくれるって……」
「わ、分かったわ」
 環は迷う事なく足を踏み出した。この恩ある学校の生徒を、死なせるわけにはいかない。キスぐらいで命を救えるのなら安い物だ。まあキリスト教では許されざる背徳の行為だが、イエス様もこれは大目に見てくれるだろう。
< 43 / 44 >

この作品をシェア

pagetop