私立聖ブルージョークス女学院2
 シーツの隙間から唇がのぞいていた。環は意を決して、その唇に自分の唇を重ねた。その瞬間、周りの生徒たちが「ご対面!」と叫んだ。シーツの向こう側からも聞こえて来た。そして、ロープにぶら下がっているシーツがバサッと地面に落ちた。
 環は驚きのあまり、体が硬直してしまった。シーツの向こうにいたのは、そして当然今環が唇を重ねているのは、片山左京だったからだ。驚愕で体が動かないのは片山も同じようだった。二人はあわててお互いの体を引き離した。
「片山先輩!これはどういう事ですか?」
「いや、それは僕が聞きたい!受験に失敗して自殺すると言っている生徒がここにいると言われて……」
「は、はあーん。キスしてくれれば思いとどまるとでも言われました?」
「あ、ああ。え、それじゃ、まさかこれって……」
 環は自分では鬼のような形相のつもりで周りの生徒たちに視線をやった。生徒たちはさっきとはうって変わった笑いを顔中に浮かべながら口々にはやし立てた。
「神津先生。最後にいい思い出ができただろ?」
「まったく、いい年した大人が、じれったいんだよねえ、見ててさ」
「ほんと、片山先生に気があんの、ばれてないとでも思ってたわけ?」
「あたしたちがこうでもしてやんないと、何も言えないままお別れだろ?」
「今時そんなの流行らないって」
「まあ、他の学校って言っても、電車で片道一時間もありゃいつでも会えるじゃん」
「おおい、片山先生。キスまでしたんだから、責任取れよな!」
「この……悪ガキども……最後の最後まで~!」
 環はその生徒たちに血相を変えて駆け寄ろうとしたが、相手は蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げてしまって、とうとう一人も捕まえられなかった。あきらめて両手を膝の上に乗せてゼイゼイ言っている環と片山の側にいつの間にか校長が近づいてきていた。
「ほほほ、去年の片山先生に引き続いて、神津先生もやられましたか。これはもう、わが校の恒例行事にするしかありませんね」
 環は猛然と抗議した。
「もう!校長先生まで何ですか?笑い事じゃありません!」
「まあまあ。確かにあの子たちが言っていた様に、会おうと思えばいつでも会える距離です。もし、そうなった時は、うちの片山先生をよろしくお願いしますよ。ほほほ……」
 そして環は、聖ブルージョークス女学院を後にした。校門の所で手を振っている片山の姿が見えなくなる道路の角で、環はもう一度坂の上に見える学校の建物を見上げた。
 自分の教師としての原点はここにある。たとえこの先、日本中どこの学校に行く事になるとしても。
 ここは私立聖ブルージョークス女学院。夢多き乙女たちが集う場所。彼女たちの将来に幸多かれ。

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