大切なもの
「じゃぁ授業始めます」

やっべ、と小さな声が聞こえたと思ったら、樹が席を立った。
「先生」
「なんですか野上くん」
「俺、教科書忘れちゃって…」
「おや、珍しいですね。じゃぁ…市川さん。見せてあげてください」
「へ?あ、はい」
「わりぃ、沙和」

そう言うと、机をくっつけた。

樹との距離が、グンと縮まる。

「じゃ、今度こそ始めますよ」

じ、授業に集中しなきゃ…。

ペンを握ったとき、樹がルーズリ-フをとりだし、なにかを書き込み私に見せた。


〈最近元気ないけど、なんかあったか?〉

バッ、と横を見るが、樹は何食わぬ顔をして前を向き授業を受けている。

私はそれに返事を書き、樹の机にすべらせた。

〈大丈夫だよ。ありがとう〉

チラリ、ルーズリーフが来たのを見た樹はまた何かを書く。

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