ママのバレンタイン
「そりゃあ、一回失敗してるから……なんちゃって」
 ママと私は沈黙した。

 私は、ふいに、七歳の私が蘇ってきて、十六歳の私の背中を押しているようだった。
「パパのこと、キライ?」
「好きよ」
「愛してた?」
「だから、香奈と会えた」
「ヤスオちゃんは?」
「ママの全部」
「パパと私は?」
「ママの宝物」
「ママの宝物は、ママの一部。宝物もヤスオちゃんが守ってくれるんだ……」
「うん」
「ヤスオちゃんはママの全部を抱きしめてるんだ」
「正解」
「ママは贅沢だね。そして、私はもっと、贅沢だね」
「またまた、正解」
 私は、ぽろぽろ涙が出てきた。
 ママは、いつものように泣き笑いしながら、笑い声がいつの間にか嗚咽になっていた。
「ごめん、ずいぶん待ったの?」
「うん、待ってたわ。頭のいい香奈だけれど、こんな所は頑固だから……」
「ヤスオちゃんも、頑固だよね」
「うん、うん……」
 ママは、ハンカチから顔を放さなかった。

 ヤスオちゃんは、私が九歳の時に教員採用試験に合格して、高校で数学を教えている。頑固なヤスオちゃんは、時には自分勝手なやつと誤解されがちだったが、それでもヤスオちゃんは何処まで行ってもヤスオちゃんだった。
 ママはいつもそんなヤスオちゃんを自慢していた。

 私が友達を連れて遊びに行っても、ヤスオちゃんは気を利かせるとか、優しくお世辞を言うとか、まったくしない人だった。友達はオッカナイよねえ……と口々に言っていたが、それでも、次も又香奈のママに会いに行こう!と話が盛り上がって、結局いつの間にか、ママとヤスオちゃんは、私の友達とも仲良くなって、不思議な関係を事も無げに作り上げていた。

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