【完】 After Love~恋のおとしまえ~
翔さんには、少し天然なところもある。
ある日、彼の部屋を訪れる際に、私はデパ地下で出来あいのハンバーグとサラダを買った。
「夕食、五分で準備できるからちょっと待っててね」
ハンバーグをレンジで温め、サラダをパックからお皿に移す。
「出来たよー」
準備が整った食卓を目にした彼は、驚いた顔でこう言った。
「こんな短時間でハンバーグを作ったの!? すごく手早く料理できるんだねぇ」
そんな短時間でハンバーグが作れるわけがないのに。
まったく家事をしない人だから分からなかった、ということもあるだろうけど、どこか天然なところが、意図せず私を笑わせる。
「実は私、転職を考えてるの」
かつてサトシに腰かけOLと言われたとおり、結婚までの居場所としか思っていなかった事務の仕事。
だけど翔さんの仕事に取り組む姿勢を見ているうちに、私ももっと真剣に、やりたい仕事に本気で取り組みたいと思うようになっていた。
「いいんじゃない?ステップアップのための転職なら、全面的に賛成だよ」
その数か月後、私は、教育系の出版社に転職した。
高校生向けの時事用語集に載せる文章を書くのが、私の新しい仕事だ。
「私ね、童話に限らず、誰かに文章を読んでもらうことが好きなんだって分かったの。だから、文章を書くことを仕事にしたかったんだ。この仕事に就けてすごく嬉しい」
就職祝にと翔さんが贈ってくれたのは、大きな花束と、広辞苑だった。
翔さんは、一緒にいると、向上心というものを自然に抱かせてくれる人。