生意気な彼は御曹司!?
足に力を入れて立ち上がると、涙を拭って頭を下げる。
親切な人には申し訳ないけれど、このまま立ち去ろう……。
そう思った時、思いがけない声が耳に届いた。
「先輩?」
「えっ?」
聞き覚えのある声に驚き、顔を上げる。すると目の前にはよく見知った姿があった。
「やっぱり先輩だ。どうしたんですか?」
「斉藤くん……」
斉藤くんは、二重の丸い瞳をさらに大きく見開き驚いていた。
よりによってこんな最悪の状態を、会社の後輩である斉藤くんに見られるなんて……。
恥ずかしくて、情けなくて、眩暈がする。
これ以上、惨めな思いをしたくなかった私は、斉藤くんの前から立ち去ろうと、その場から駆け出した。けれど私のいきなりのダッシュも簡単に追いつかれ、斉藤くんに腕を強く掴まれる。
「先輩! どこに行くつもりですか!」
「……」
どこに行くと聞かれても……。自分でもわからない。
圭吾さんのいる自分の家には帰りたくないし、実家には頼れない。
斉藤くんに腕を掴まれたまま、黙り込む。沈黙の時間がしばらく続くと、彼がため息をついた。
「先輩、これから僕に付き合ってもらいます」
「付き合うって……どこに?」
私が首を傾げると、斉藤くんは口角を上げながら、ジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
「もしもし。駅前広場に車を回してくれ」