私は猫
それから私はいつもなら作らないような昼食を作っていた。
グラタンにミネストローネ。近所のパン屋のロールパン付き。
私は菜々子さんが来る前に、彼女の家を訪れることにした。
―ピンポーン―
インターホンを鳴らして、返事を待った。
少しして、まだ寝巻き姿の菜々子さんがドアを細く開けた。
「どちら様でしょ」
「ヒナです!あの…、昨日はありがとうございました」
「ああ、ヒナか。こっちに来るなんて珍しいね」
「いえ…」
私に入るように手招きする菜々子さん。少し照れくさいのかいつもより顔を背けているのが分かった。
「それで…今日のお昼なんですけど、食べにきてくれませんか」
「もちろん。行くからちょっと待ってて」
「はい」
私は玄関で菜々子さんが飼っている猫のクロちゃんを撫でた。
「元気?」
「ナァ」
喉を撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロ言うクロちゃんと戯れていると、部屋着に着替えた菜々子さんが現れた。
「ほら、ご飯だよクロ。私も餌付けされてくるから」
「ちょっと、どんな言い方ですか」
「昨日の片付けのことなら気にしなくていいよ」
菜々子さんは玄関の鍵を閉めながら言った。
「お昼は喜んでもらうけど、昨日の話聞かせてくれたらなんでもいいから」
小さくない悪魔のような笑みが私を見上げていた。
「そうきましたか」
「どういう意味」
階段を降りながら菜々子さんはウーンと伸びをした。
「だってヒナがアフターから朝まで帰ってこなかったの初めてじゃない」
「え、まぁ…」
「何、あたしに隠し事するつもり」
「言いますから、中入ってください」
「はいはい、お邪魔するよ」
私はいたずらっ子の子供のような笑顔を見せる菜々子さんを自分の部屋に押し込んだ。
「わ、おいしそうな匂い」
「菜々子さん、グラタン好きって言ってたから」
「よく知ってるじゃない。…でもこれで話逸らそうなんて思わないでよ」
「ちゃんと話しますから」
菜々子さんになら相談してみようかな、と思ってしまった。
この世界で妖しく美しい菜々子さんなら、私がしたような経験はたくさん積んできているかもしれない、
こんな私の小さなモヤモヤ、すぐに消してくれるかもしれない。
「あの」
「ん」
私が話しかけようとすると、勝手にスプーンを出して一口目を食べようとしている菜々子さんが目に入った。
「あ、いえ。食べ終わってからにしましょう」
「暖かいうちにね」
「…はは、そうですね。いただきます」
私は両手を合わせた。