私は猫
私はその場に立ち尽くした。
この無償の温かみを素直に受け入れることに動揺したからだった。
自分の本当の母親にでさえ、今まで真っ直ぐ向き合ったことなどなく
いつも私は逃げていた。
でもママはそれを止めた。
優しい声でたしなめるように
「………」
私は目にたまった涙を指で拭い、鼻をすすった。
人に愛される喜びがあること
私がこの仕事を続ける大きな理由だ。
そう教えてくれたのも
全部ママや菜々子さんのおかげ。
私は逃げてきた家族のことが頭に引っ掛かったが、
店内に流れるいつものゆったりとした音楽が聞こえて
考えるのはまた今度にしようと思った。
私は支度をしようとバックルームのドアを開けた。
***
「ヒナ、そこのティッシュ取ってくれるかい」
「あ、はい。どうぞ陸さん」
ボーイの陸さんが鼻を押さえながら私に近寄る。
「ありがとね」
「大丈夫ですか。風邪かなにか…」
「たぶんね。一昨日くらいからこじらせてる」
「お体は大切にしてくださいよ」
私は髪を結いあげながら、鏡越しに陸さんを見た。
例えるなら百合の花。陸さんは、いつもゆったりと物腰の柔らかい人だった。
透き通る肌に肩まであるウェーブした髪をまとめている陸さんは、惚れ惚れしてしまうほどきれいな人だった。