私は猫
「こういっちゃ何だけどさ」
陸さんは丸めたティッシュをゴミ箱に捨てて、またソファーに座りなおした。
「いつもヒナのこと見てるお客さんがいるんだ」
「えっ」
私は思わず振り返った、その勢いで髪が少し崩れてしまった。
「指名はしないんだ。いつもカウンターで一人なんだけどね、目でヒナのこと…ちょっとじっとしてて」
陸さんはそう言って私の髪を結いあげはじめた。
「それがね、好意ならいいんだけど…ちょっと違うような気がしたから」
「ちょっと、お客さんのことそんな風に」
「分かってる。だけど何かあったらイヤだからさ」
鏡に映る陸さんはいつもの柔らかな表情だったけれど。
「それに、この情報は僕だけじゃないよ」
「どういうことですか」
「菜々子がアパートの近くに不審者がいるって大家さんから聞いたって」
私は怖くなって黙って聞いていた。
「それが同一人物かは知らないけどさ…はい、完成」
手先が器用な人だ。自分でやるより数段手の込んだ髪型になった。
それより私は陸さんの話が信じられないでいた。
今までそんなこと考えたことなかった…
「ヒナ」
呆然とする私に陸さんが優しく声をかけた。
「脅したいわけじゃないんだ…」
「分かってますよ」
「でもこんな世界だしさ。好意は嫉妬と紙一重なもんだから」
「……はい」
「だから菜々子にもできるだけ一緒にいてって頼んであるし」
私はその言葉に一番驚いた。
「何か少しでも不安に感じたら相談すること、いいね」
そう言って陸さんはバックルームを出ていった。