ヘヴンリーブルー
 中央に今にも壊れそうな椅子が一つだけ置かれる。ウェイ・オンに助けを求めるような眼差しを向けると、彼はその椅子に座るように促した。どうやら見た目にあまり綺麗とは言い難いこの椅子が、男たちの間では特等席らしかった。

「失礼」

 そう言って腰かけた瞬間、椅子がバランスを崩す。

「きゃぁぁっ!」

 転げ落ちる寸前のところでフィスは足を踏ん張り、その危機を逃れた。その声の大きさに一瞬沈黙が流れた後、男たちの笑い声が聞こえてくる。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いたフィスを見かねて、一人の体格のいい男が言う。

「お嬢さん、ちょっといいかい」

「え?」

「こいつぁちょっとばかり建てつけがわりぃんだ」

 大きな身体で椅子をひょいっと持ち上げると、ガンッと大きな音を立ててそれを床に叩き付けた。

「これで大丈夫。座ってみな」

 恐る恐るもう一度腰かけてみる。

「あ、本当…。グラグラしない」

 フィスの答えに男は少し強面の顔をクシャッと崩して笑顔を見せた。

「…ありがとう」

「どういたしまして」

 得意げな顔でそう言った男は二、三歩後ろに戻り床に腰を下ろした。

 見た目は少し怖いけどみんなきっと悪い人じゃないんだ。

 フィスは安心し、改めて周りを見回す。船の上で自分以外の女は今のところ見かけていない。きっと女がこの船の中にいるというのが相当珍しいのだろう。

「じゃ、なんか質問ある人」

 ウェイ・オンが中心となって不思議な輪が広がっていく。質問はとても小さなものから始まる。例えば名前は、とか好きな食べ物は、とか好きな色は、とか。時折『そんな質問に答える必要はありません!』と頬を赤くしてフィスが声を荒げる場面もあったり、終始和やかムードが船上を満たしていた。

「次、じゃジョン・マーク」

「はい。じゃあフィス様、今好きな方はおられますか?」

「いいえ」

「それでは今までに恋をされた経験はおありですか?」

「恋…ですか?」

 ジョン・マークは整った顔立ちをしたか弱そうな男だった。綺麗な笑みを湛えたまま続ける。

「心を焦がすような恋。命を懸けても守り通したいと思うような恋を、したことはありますか?」

 ふと現実を思い出す。

 この船を降りたら私は顔も知らない人と結婚するのだ。それならば…。

「いいえ。今までも、これからも私にそういうことはありません」

「今までなかったことはわかりましたが、これからも、とは?」

 ジョン・マークの問いに全員が頷いた。

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