ヘヴンリーブルー
 ユナが薦める服を何着か試着していると、カーテンの向こうで交わされる二人の会話が耳に入ってくる。

 別に、気にしてるわけじゃないけど…。

 ドレスの紐を締めるのに一人のスタッフがフィスの背後に回りこんでいる。

「はい、できましたよ。じゃ、見てもらいましょうか」

「あ、いいの! 少し疲れたから休むわ。あなたも疲れたでしょう? カーテンを開けるとまたレイズがうるさいから、そのままにしておいてくれないかしら。少ししたら声をかけるから」

 フィスがそう言うと女は笑顔で頷き、椅子を用意してくれた。

「それでは、あちらにおりますのでいつでも声をおかけくださいね」

「ええ、ありがとう」

 その後姿が見えなくなると同時にフィスは小さなため息をつく。

 私、何やってるのかしら。これじゃ盗み聞きよね…。

 カーテンの向こうでは、相変わらず楽しそうなユナの声が聞こえてきていた。

「ねえ、レイズ。今回はいつまでいるの?」

「今回は少し急いでいる。明日には出航するよ」

「明日?!」

「悪いが予定が詰まっている。あまりゆっくり話す時間もないが」

「そうなの…」

 何てわかりやすいんだろう。一気に声のトーンが下がる。これじゃ会話のあちこちで『好きです』って言っているのと変わらない、と思う。恋をするっていうのは、こういうことなのかしら。

 あのときのジョン・マークの質問を思い出す。『命を懸けても守り通したいと思うような恋をしたことはありますか?』

 命を懸けるような情熱的なものじゃなくてもいいから、せめて結婚する前に恋くらいしたかったな。

 ふと自分が背負っているはずの現実を思い出し、軽い眩暈に襲われる。

 いけない、いけない。今そんなこと考えてどうするの。まだ私は現実に帰らなくたっていいのよ。

 フルフルと首を横に振って、さらに耳を澄ます。
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