ヘヴンリーブルー
 その頃、ウォレンはパーティ会場からほど近い場所にある「ホテル」とは言いがたいくらい歴史のある建物の前に辿り着いていた。

 正面入り口からカウンターにいる無愛想な男に軽く手を上げ合図する。無精髭を生やした男は何も言わず頷いた。

 二階に向かい階段を登ると一つ目の窓が見える。空には細い三日月が煌々と光を放っていた。

 窓枠の下の埃が歴史を物語ってるな。

 そんなことを思いながら年に二回、この窓を眺めるのだ。部屋の場所は最初から決まっていた。階段を登り終えてから右に。真正面に見える扉の先だ。

 鍵が開いていることは最初からわかっているはずなのに、なぜかいつもノブを回してカチッと開く音がするのを細心の注意を払って聞いてしまう。

 部屋の中は暗いままだった。壁際にあるスイッチを慣れた手つきで弾くと、数回点滅を繰り返したあとようやく薄暗い灯りが部屋を照らす。一応部屋中を見回してみたが、誰かがいる気配はないようだ。

 大きなため息を一つつき、部屋の中央に備え付けられた黒いソファに腰を下ろす。ソファは部屋の古さに似合わず堂々としていて、きっと昔はこのホテルももっと綺麗で、今みたいな少し黴臭い臭いはしなかったのだろうということを気付かせる。

 ライターの摺れる音が部屋に響き、一筋の煙の線が天井へと向かう。それはまるでウォレンの意志の強さを表しているかのように一直線に上へと昇る。

 ふいにその直線が弾かれ、乱れた。少しの物音もしなかったが、彼にはそれがわかるのだ。ウォレンは振り向かず、表情すら動かさず言う。

「お前はどうしていつもそういう現れ方なんだ? セイラ」

「あら、失礼」

 背後に現れたのはベリーショートのほっそりとした女だった。茶色い髪と濃い口紅が印象的で、ただそれだけで彼女が明るく行動的な人物なのだろうということがわかる。

 そして驚くほど行動が早い。現れたときと同じように物音も立てずウォレンの向かいのソファに腰を沈めた。向かい合った早々、セイラと呼ばれた女は話し始める。

「こっちは着々と計画が組まれてるわよ。そっちはどう?」

「受けて立つのみの体勢だな」

「へぇ。どっしり構えすぎなんじゃないかしら。どんなこと仕掛けられても対応しきれるっていう自信なのかしらね?」

 彼女は屈託のない笑顔でよく笑う。そういう時はどこからどう見てもまるで裏のない普通の女の子だ。しかし、彼女はどんな時も行動が素早く、異常なほどに頭が切れる。それは昔から変わりない事実だ。

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