ヘヴンリーブルー
「でも私は必ずオルドアに戻ります。ほんの少し羽目をはずしてみたかっただけよ。父もきっとわかってくれるわ」

「だといいが」

 一度もこちらを見ようとしないレイズに少しやきもきしたフィスは、ポート・ウェインを出航してからずっと気になっていたことを口にした。

「私がオルドアの姫だと知って、あなたはどう思った? ディックバードに乗せたことを後悔してる?」

 後悔、なのだろうか?

 レイズは考えた。

 相手の顔など知らずに政略結婚をなかったことにしようと動いてきた自分が惹かれた相手が、実は政略結婚の相手だった。そこに生まれた戸惑い。それは『後悔』と呼べる気持ちなのだろうかと。

「お前がただの町娘だろうと姫だろうと関係ない」

 出てきた言葉はただそれだけだった。

「ほら、見ろよ。もうすぐ陽が昇る」

 その言葉に再び視線を向けると、水平線の向こうにかすかに見えるオレンジ色の光が目に入った。群青の空がだんだんと光を取り戻していく。

 ゆっくりと現れるその大きな姿に、フィスは息を呑んだ。

「すごい…!」

 素直に感動するフィスの横顔をレイズは見つめていた。

「ほんとにすごい! ねぇ、レイズ。あなたはいつもこんなに素晴らしい景色を見てきたの?」

 少し興奮気味の質問にレイズは笑みを浮かべる。

「自然の醍醐味だろ?」

「ええ…。ええ、本当にそうね。私、ディックバードに乗ってよかったわ。ここに来なければ船酔いを克服して船に乗ろうなんて思わなかったもの」

「単純だな」

「単純よ、私」

 怒るかと思ったのに平然と自分の言葉を受け入れたフィスに視線を移す。彼女はまっすぐにレイズを見つめていた。視線が重なり合う。

「ありがとう、レイズ」

 まるでもう、会えなくなるみたいだ。

 レイズはそんなことを考えていた。

 九年前にも同じように『ありがとう』と言われたことがある。今にも泣き出しそうな瞳で自分を見上げる姿がそのとき同じことを言った女と重なる。

 やめてくれ…。気持ちを揺さぶらないでくれ。

 フィスの言葉に、レイズは何も答えられずにいた。
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