ヘヴンリーブルー
「たった二人っきりで俺たちにはむかうなんて無理に決まってるだろ? それも一人はじじいじゃねぇか」

「そんなこと関係ねぇ!! 早くディックバードから出て行きやがれ!」

 その声はロッドの声だった。

 こんな状況の中、ロッドの声が聞こえただけでほんの少し安心してしまう。しかし微塵の余裕も感じられないその叫び声から予想されるのは、ディックバードが追い詰められているということ以外なかった。

「クッ…くそぉ…!」

 ロッドとは違うその声はティムズのものだった。

「じいさん!!」

 ティムズに何かあったのだろうか。ロッドがティムズに向かって叫ぶ悲痛な声が聞こえた。

 思わずドアの近くに駆け寄る。そして剣が交じり合う音が激しく聞こえ続けているその中で、フィスはふいにドアノブが動いたのを見た。

「おい、鍵がかかってるぜ」

「誰かいるのか?」

 どうしよう…。

 フィスはゆっくりと後ずさりした。

 その間も何とかしてドアを開けようとする音が聞こえてくる。しかし背中に壁があたったところでふいに現実に戻る。

 落ち着かなくちゃ…。

 ドアの隙間に剣が差し込まれるのが見えた。鍵を壊すつもりなのだろう。何度か大きな音を立てて見事に鍵は壊れた。それでも開かないドアに向かって何度か体当たりをする音が聞こえる。そのたびにソファやテーブルが数センチずつ動き、ドアが開かれていく。

 ドアの前に移動させたソファなどは、男からすればそれほど重いものじゃない。時間をかければフィスが移動させることができるくらいのものなのだ。

 もう、ダメだわ。

 最後の体当たりでようやく扉が開かれる。中に踏み込んできたのは三人の男たちだった。

「おやおや。こんなところで何をしていらっしゃるのかな?」

 皮肉な笑みを浮かべた一人の男が、そう言ってフィスの前に立ちはだかる。

 他の二人も同じ笑みを浮かべてその様子を見ていた。

「こんなところでこんな美しい方にお会いできるとはね」

 そう言いながら近付いてくる男を見ながら、それでもフィスは必死で自分の心を落ち着かせようとしていた。足が震える。

「私は…」

 出てきた声は自分でも驚くほどにかすれていた。

「なんだ? そんなかすれた声じゃ何も聞こえねぇな」

 深呼吸をしてもう一度声を振り絞る。それは本当に小さな声だったが、今のフィスには精一杯だった。

「私は、オルドアの姫です」

「はっ! 何を言ってやがる。そんな訳ねえだろ」

「嘘だと思われても構いません。私は本当のことを言っただけです」

 フィスの小さいけれど凛とした言葉が男に一瞬の躊躇を呼ぶ。男たちはフィスをちらちらと見ながら小声で話し合うともう一度向き直った。
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