ヘヴンリーブルー
「もうダメだわ。本当に苦しい」

 襲いくる吐き気と頭痛にフィスは顔を歪ませた。

「そのくらい我慢しろ。苦しいと言われても、早くてあと五日経たなければ陸には降りられない」

「五日?!」

 冗談じゃないわ!! あと五日もこんな状態なんて…。

 フィスは慣れない船の揺れに極度の船酔いを起こしていた。デッキで風にあたっていた時には問題なかったが、そのあとに案内されたキャビンで、ものの数十分経ったばかりだというのにすでにこんな有様だ。レイズに半ば引き摺られるようにしてデッキまで出てきたが、この状態で風にあたっても船酔いの改善は見込めなかった。

「あんな港町に住んでいるのになぜこんなに船に弱い? まさか海に出るのが初めてではないだろう?」

 確かにその通りだ。海に出るのは初めてじゃない。でも忘れていた。ディックバード号よりも二周りほど大きなオルドアが誇る父の船に乗った時もそうだった。いつも一日中船酔いと戦っていたことを。

「体質なのよ! 身体がこの揺れについていけないんだわ…」

「じゃあどうして着いて来た?」

 まるで自分を責めるようなフィスの口調に、レイズはむっとしてそう問い掛けた。

「あなたが誘ったからじゃないの」

「断る事だってできただろうが。俺は無理強いはしない主義だ」

 タバコの煙を吐き出しながらレイズは『勝った』という笑顔を浮かべた。

「そのタバコ、やめてくれない? その煙が原因かもしれないわ」

 負けるものかとフィスもそれに応戦する。レイズは再びむっとした顔を見せるとタバコを捨て歩き出した。

「ちょっと! 放っておく気?!」

「具合が悪いなら悪いなりにその減らず口をどうにかしろ」

「ちょっと!」

 レイズは振り向きもせずキャビンに戻ってしまった。フィスはまだ収まらない船酔いに天を仰ぐ。

 ああ…神様。あと五日もこんな状態なんて、私耐えられるかしら…。

「あんたがレイズ様に助けられた人?」

 ふいにそんな声が耳に入り込んできた。閉じていた瞳を開き振り返ると、そこには褐色の肌をした男が立っていた。

「助けられた…?」

「オルドアの港で助けられたんだろ? みんなそう言ってる」

「助けられた訳じゃないわ。向こうが船に乗らないかって誘ってきたのよ」

「へぇ」

 男はフィスの言葉を信じていない様子だ。

「あなた、どこの人?」

「顔立ちが違うだろ? 俺は遠いアジアの国から来たんだ」

「アジア?」

「ま、話したところで解らないような場所さ。おっと、ウォレン様だ。じゃ、仕事に戻るよ。また今度俺の話を聞かせてやるよ、お嬢さん」

 そう言って男は荷物を担ぎなおし歩いて行った。それと入れ替わりにウォレンと呼ばれた別の男が目の前に現れた。

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