水鏡
それなのに、少年の瞳は、湖の美しさも、さんざめく花たちも風も空も雲も目には入らないようでした。

 風たちは相変わらず、無邪気に少年を取り囲んでは通り過ぎます。

 どれほどの時間がたったでしょう。

 湖の向こうの樹の陰から、少女が躍り出てきました。

 真っ白なレースのたっぷりあしらった、ドレスのようなワンピース。

 くるくると巻き毛のロングヘアーを、ドレスと同じ白い布でできた帽子で包んでいました。

 愛くるしい栗色の瞳は、少年を見つけて大喜びしたのです。

 少年に駆け寄ると、息を切らしながら言いました。

「どこから来たの?」

「……」

「どうやってここにきたの?」

「……」

「お家の人は??迷子なの??」

「……」

「お返事を忘れたの?」

 少年は、ゆっくりと少女を見ると、

「ぼくは、ロボットなんだ。だから家はない」

 感情を持たない応え方に、少女は気を悪くするでもなく、

「まあ、ロボットなの?綺麗なロボット。なんて綺麗に作ってもらったのかしら。素敵ね」

 少女は、感嘆のため息をつきながら、少年を見つめました。

「……」

「ぼくが、気味悪くないの?」

「どうして?」

「ロボットだって言ってるのに」

「だって、綺麗なんだもの」

「綺麗?ぼくが?」

「まあ、お耳の機能が壊れていたの?さっきから綺麗だって言ってるのに」

 少女はちょっとだけ、怒ったふりをして少年を軽くにらみました。

 少年は、ちょとだけ、うろたえました。

 だって、少年にしてみれば、少女のほうこそ、今まで見たどの女の子よりも輝いていたからです。

「君だって……」

 少年は言いかけて、ちょっとドキドキする自分に驚いて、何をどうしていいのかわからなくなってしまいました。

「あら……」

 少女はニコニコしながら、少年をのぞき込みました。

「あなたの瞳に、私が映ってる」

 少年は、わけがわからないままに、少女を見つめていました。

 だって、少女の瞳の中には、今までみたこともない、照れくさそうな自分の姿が映っていたからです。

「ぼくは、ロボットで、感情なんかないはずなのに……」

「あら、それは、間違いよ」

「……?」

「最近のロボットは進んでるのよ。感情だってインプットできてるわ」

少女は、無邪気に笑います。

 その笑顔がぽーーんと、少年の心に入り込みました。

 今まで、誰も入れることがなかった、誰も入ってはこなかった、少年の空っぽの心に入り込みました。

 少年は、空っぽの心に、ぽうっとなにか温かいものが染み込んできて、それがからだ全体を包み込むようでした。

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