桜ものがたり
桜の章

 私の名は、榊原(さかきばら)祐里(ゆうり)。

 三歳の時に父母を山崩れで亡くし、桜河のお屋敷にお世話になった。

 母が私を産むまでの数年間、桜河のお屋敷の手伝いに通っていたこともあり、

旦那さまが孤児(みなしご)の私を引き取ってくださった。


 祐里の『祐』は、光祐さまの『祐』。

 父母がお屋敷のご長男であらせられる光祐(こうすけ)さまに肖って、

私に祐里と名付けたと、後に婆やの紫乃(しの)さんから聞かされた。


 お屋敷での私の仕事は、光祐さまの遊びのお相手だった。

 果たして、三つ年下の私に光祐さまの遊びのお相手が出来ていたのかは、

今思えば疑問だが、私は真摯に仕事を全うした。


十三歳になられた光祐さまは、都の学校へ進学されることになった。

「光祐さまが都へお出でになられましたら、祐里のお仕事がなくなって

しまいます。

 祐里は、お屋敷を出て行かなければなりませんの」

 光祐さまが都に発たれる前日、

私は、心の底から漆黒の闇が立ち込める気分の中、恐る恐る光祐さまに問うた。

「ぼくは、しっかり勉強をして立派になって、祐里のもとに帰って来る。

 祐里は、ぼくのお嫁さんになるのだよ。

 それまでの祐里の仕事は、父上さまと母上さまに甘えて、

お二人を淋しがらせないことだ。頼んだよ、祐里」

 光祐さまは、ゆったりと包み込むような笑顔で、私の手を握っておっしゃった。
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