桜ものがたり
「事情は申し上げた。先日の晩餐会に薫子が貧血で、祐里に供をさせたことが

あっただろう。その時にご子息が祐里を見初めてくださって、是非にとの

お話だ。

 文彌くんは、二男だから祐里の生まれのことは、それほど気にされて

いない様子だった。

 それに桜河の家から嫁に出すのだから、全く問題にはならないだろう。

 榛家ならば申し分のない家柄で、近々海外事業部に力を入れようと思って

いた矢先の榛銀行との縁組は桜河電機にとって願ってもないことなのだよ」

 旦那さまにとって、会社を大きくしようとした矢先に都合よく良縁に恵まれて、

殊更事業拡張に弾みをつける意気込みだった。

「まぁ、わたくしの貧血がきっかけで、祐里さんが計略結婚の道具にされる

なんて……わたくしは責任を感じます」

奥さまは、女学校へ進学する祐里に社会見学をさせるつもりで、

気軽に晩餐会へ送りだしたことを後悔していた。

「薫子、何も鬼や蛇に祐里を嫁がせると言っているわけではないのだから、

笑顔を見せておくれ。

 計略結婚はさて置き、お見合いと言ってもそう大袈裟に考えずに、

榛様をお招きしての気軽な昼食会だと思いなさい。

 祐里が榛様を気に入らなければ、断ることもできなくもない。

 そろそろ榛様がお越しになられる時間だ。

支度をするように光祐と祐里にも伝えておくれ」

 旦那さまは、愛する奥さまの辛そうな表情に動揺していた。

「旦那さま、わたくしは反対でございます。

 それにわたくしからは、祐里さんに伝えかねますので旦那さまがおっしゃって

くださいませ。

 わたくしから、光祐さんだけではなく、祐里さんまで取り上げるなんて

酷(むご)うございます」

奥さまは、断言して、それでも旦那さまには逆らえずに、

渋々、着替えのため自室へと向かった。

 奥さまには、見合いをしてしまえば、縁談を断われないことが重々分かっていた。

 旦那さまは、奥さまの剣幕に苦笑しながら、光祐さまを捜して

明るい笑い声のする台所へ向かった。
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