桜ものがたり
 旦那さまがこれほど早急な行動にでるとは全く予想外のことだった。

「旦那さまは、貴方と祐里さんに間違いが起こってからでは遅いと心配されて

おいでなの。そのようなことは起こり得るわけがございませんのに。

 光祐さん、さようでございましょう」

「はい……も、もちろんです。祐里は可愛い妹です。

 間違いなどもってのほかです」

 光祐さまは、奥さまの信頼とは裏腹な心情を見透かされた気がして

返答に詰まった。

(父上さまは、ぼくが祐里を愛していることにお気づきであらせられるのか)

 光祐さまは、焦った。

「さようでございますとも。光祐さんと祐里さんに限って、おかしなことに

なろうはずがございません。

 それでも、旦那さまのお顔を立てて、とにかく、光祐さん、お支度をして

いらっしゃい。そろそろ榛様がお着きになられる時間でございます」

 奥さまは、針の先程の疑いも持たずに光祐さまを信用していた。

 奥さまに促された光祐さまは、気が向かないまま渋々と自室へ戻った。

 光祐さまの部屋には、旦那さまの命令で、あやめが神妙な面持ちで、

式服を準備して待ち構えていた。

「光祐坊ちゃま、お召し替えをさせていただきます」

 光祐さまは、旦那さまの命令の絶大さを悟った。
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