桜ものがたり
 昼食会は、晴れやかな榛家とにこやかな旦那さま対して、重苦しいお顔の

奥さまと光祐さまに、訳が分からないままお雛さまのようにちょこんと席に

着いている祐里の三様の雰囲気で始まった。

 佳麗(かれい)な気品漂う奥さまの香色(こういろ)の留め袖姿と、

祐里のたおやかな振り袖姿は、桜河家の応接間の調度品が惹き立て役になる

くらい一際艶やかに輝かせていた。

「ようこそ、いらっしゃいました榛様。妻の薫子です。長男の光祐です。

それから、長女の祐里です」

 旦那さまが家族を紹介し、名前を呼ばれて会釈を返しながらも奥さまと

光祐さまは、何時になく儀礼的な様子で、祐里は、二人が気になって

落ち着かなかった。

 会食慣れしているはずの奥さまや光祐さまのぎこちなさが祐里にも伝わってくる。

「本日は、お招きに預かり恭悦至極に存じます。

 榛(はしばみ)恭一郎(きょういちろう)でございます。

 これが妻の千鶴子(ちづこ)でございます。

それから、二男の文彌(ふみや)でございます。

 ちなみに長男の俊彌(としや)は、結婚して敷地内に別の邸を構えております。

 この度は、文彌と祐里さまのご縁を賜りまして感無量にございます」

 榛恭一郎の挨拶が終わるとすぐさま、正面の席の文彌は、長卓の下から足を

伸ばして祐里の足袋に触れて、馴れ馴れしく声をかけてくる。

 祐里は、自分の足が当たって失礼をしたと思い恐縮して足を引いた。

 祐里は、奥さまと光祐さまの様子ばかりが気になって、榛恭一郎の

『文彌と祐里さまのご縁』を聞き逃していた。

「祐里さんは、振り袖がとても似合っているね。

先日の晩餐会の時も美しかったけれど、今日は一段と美しい。

惚れ惚れします」

「先日の晩餐会でございますか。気付きませず、申し訳ございませんでした」

文彌は、祐里を凝視したまま、間髪を入れずに次から次へ話しかける。

 祐里は、仕方なく受け答えをしながらも、文彌のパクパクと動く口元と

鋭い眼(まなこ)にたじろいで俯いた。

先程まで上機嫌だった光祐さまは、怖い顔をして文彌を凝視している。

 祐里は、不機嫌な光祐さまの様子が気になって仕方がない。

 榛様をお迎えする直前の廊下で、式服姿の立派な光祐さまと並んだ時に、

祐里は、振り袖姿を光祐さまから褒めて頂けるとばかりドキドキしながら

期待していたのに、光祐さまは、無言のままで、祐里とは視線を合わせなかった。

 祐里は、居心地が悪く、文彌との会話も会食も上の空で

(早く時間が経つとよろしゅうございますのに)

とばかり考えていた。

  光祐さまは、自分以外に向けられた祐里の艶やかな振り袖姿が

腹立たしくて仕方がなく、祐里から視線を反らせていた。
 
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