桜ものがたり
 その晩、祐里は、なかなか寝付けなかった。瞳を閉じると、大蛇のように凝視する文彌の眼(まなこ)と光祐さまの優しい笑顔が交互に現れた。ようやく明け方になって、うつらうつらした時に夢を見た。

 ………暗闇から大蛇がしゅるしゅると忍び寄り、祐里の身体に巻き付いた。
 ひんやりとした感触が祐里を暗黒の奈落へ引きずり込んでいった。
 祐里は、ぎらぎらとした大蛇の視線を目の当たりにして恐怖に駆られ、必死に「光祐さま」と声をあげて助けを求めた。
 そこに一筋の光が差し込んで、桜の花弁がひとひら祐里の黒髪に舞い降りた。
「祐里」と光祐さまの優しい声がした途端に暗闇と大蛇が掻き消え、祐里は、青空に輝くの桜の樹の下に佇んでいた………。

 祐里は、目を覚まして「光祐さま」と呟いて寝返りを打ち、再びうつらうつらと夢に引き込まれていった。そして、場面は父母を亡くした日へ移っていった。
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