桜ものがたり

………

 季節は梅雨だった筈なのに桜の花弁が舞っていた。

 突然の轟音と共に裏手の山が崩れて、土砂が津波のように襲ってきた。

 父と母が、祐里を抱きしめて守ってくれていた。

 そこに大きな樹の枝が伸びてきて祐里を包み込み、土砂の上を滑っていった。

 樹の枝は、土砂の津波を潜(くぐ)り抜けて安全なところに祐里を運ぶと、

いつの間にか幻のように消えていた。

 祐里の父と母は、家と共に山崩れで亡くなったが、祐里は、奇跡的に助かった。

 泣いているところを村人に見つけられ、桜河のお屋敷に連れて行かれ

た。

………

 父と母の顔は、もう思い出せなかった。

 ただ、二人の優しい『ゆうり』という声だけが今も耳に残っている。

(お父さま、お母さま、祐里を助けてくださいましてありがとうございます。

 これからも祐里をお守りくださいませ。

 どうぞお屋敷に置いていただけますようお力添えくださいませ)

 祐里は、こころの中の父母に手を合わせた。
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