桜ものがたり
 翌早朝、奥さまは、真剣な表情で光祐さまの部屋を訪れた。

「おはようございます、光祐さん。

 わたくしは、貴方が帰省されているのに心苦しいのですが、今回だけは

 旦那さまのお考えに添うことができませんので、しばらく東野の里に

帰ります。


 わたくしの留守の間は紫乃に家事を任せますが、わたくしの代わりに

旦那さまとわたくしたちの可愛い祐里さんをお願いしますね」

「はい、母上さま。ぼくは、父上さまに祐里のことをお願いしてみます」

 奥さまは、光祐さまの手を取り、固い決意の表情で頷いた。

 それから、旦那さまに置き手紙を残して、紫乃に家事を委任すると、

森尾の車で実家に帰って行った。

光祐さまは、朝食の食卓に着きはしたが、怖い顔で旦那さまを見つめ

無言のままで通した。

 何時もにこにこと愛らしい声で話をする祐里までが、泣き腫らした瞳を気にして

俯き加減で食事をしていた。

 旦那さまは、久しぶりに家族が顔を合わせたというのに、

奥さまと光祐さまの抵抗に遭い、どうしたものかと考えていた。

 奥さまが嫁いで二十年、今までに旦那さまに逆らったことはなかった。

 そのことでも旦那さまは、心を痛めていた。
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