桜ものがたり
「御婆さまのお部屋に伺うところだけれど、萌も一緒にどう」

 光祐さまから誘われて嬉しいと思いながらも横の祐里に嫉妬のまなざしを向け、

萌は、手にした薔薇の茎を思わず握り締めていた。

「痛い」

 萌の指から赤い血の雫が零れた。

 祐里は、自身が傷ついたような顔をして駆け寄り、萌の指を白いハンカチで

包みこむ。

「光祐さま、お先にお越しくださいませ。

 私は、萌さまの手当てをしてから参ります」

「萌、大丈夫……手当てが終わったら、後から祐里とおいで。

 祐里、萌の手当てをお願いするよ」

 光祐さまは、萌の頭を優しく撫でて、祖母の籐子の部屋へ先に向かった。

「私に構わないで。あなたに優しくしてもらいたくないの。

 光祐お兄さまに手当てをしていただきたかったのに……お節介な方ね」

 萌は、光祐さまの姿が廊下から見えなくなると、鋭い声を発して祐里の手を

振り払った。

「でも、萌さま、痛うございましょう」

萌は、傷を労わる祐里の言葉に良心が痛んで、ますます悲痛な表情になった。

「あなたは、どうしていつも優しいの。

 自分が辛い時なのになぜ人に優しくできるの。

 あなたを見ているとイライラするのよ。

私に構わないで、さっさと光祐お兄さまの後を追って行ってちょうだい」

「萌さま、ご不快な思いをおかけいたしまして申し訳ございません。

 でも、黴菌(ばいきん)が入りますと大変でございます。

 お手当てが済みましたら、すぐに失礼いたします」

 祐里は、萌から発せられる棘(とげ)のような言葉にこころを痛めながらも、

萌の傷を心配して手を取る。

 萌の手は、しなやかで柔らかく大切に育てられた気品に満ちていた。

 祐里は、萌の棘(とげ)のある態度に反して、しなやかな手を愛おしく感じた。

「大丈夫よ。もう、血も止まったもの。

 それよりもハンカチが汚れてしまったわ」

 萌は、嫉妬心を抱きながらも、祐里の手の温もりに包まれて、

血で赤く染まった白いハンカチを見つめ、自身の醜い心の染みのように

感じて目を反らせた。
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