桜ものがたり
「ハンカチは、お洗濯をいたしますので気になさらないでくださいませ。

 念の為に消毒をしておきましょうね。

 早く痛みが治まるとよろしゅうございますのに」

 祐里は、安らかな笑みを浮かべて、薬箱から消毒液を取り出して手当てをした。

「痛っ」

 萌は、消毒液が沁みて大袈裟に声をあげた。

「萌さま、申し訳ございません。包帯をいたしましょう。

 これで大丈夫でございます」

 祐里は、身を縮めて痛みを共有して、萌に労わりの声をかけながら手際よく

包帯を巻く。

 萌は、祐里から手当てをされながら、今までのことを考えていた。

 祐里にした意地悪は、こうして心の痛みとして跳ね返って来る。

 祐里が悪いのではなく、萌の狭い心が悪いのだとじわじわと悟る。

 それは、小さい頃から心の奥底に溜めてきた思いだった。

 祐里の慈悲の心に深く触れて、痛みと苛立ちが消えていくのを感じていた。

「祐里さま、ありがとう。今までいろいろとごめんなさい。

 女学校では萌と仲良くしてくださいね」

 萌は、祐里の真心に触れ、目が覚めた気分になり、初めて自分と同じ立場に

置いた。

「萌さま、ありがとうございます。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

「祐里さま、御婆さまと光祐お兄さまがお待ちかねですわ。早く参りましょう」
 
萌は、祐里の手を取って籐子の部屋へ向かいながら、波立った心が

すっかり凪いでいた。

 祐里は、初めて萌から『祐里さま』と呼ばれて、戸惑いを感じつつも

舞い上がるほどに嬉しかった。
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