桜ものがたり
一方、旦那さまの会社には、早速、榛家からの婚約申し出の書状が届いた。

 旦那さまは、気の早いものだと苦笑しながら執事の遠野を呼び、

至急、榛文彌の身辺調査を依頼するように命じた。

 それから、仕事に取りかかろうと椅子に腰かけ、今朝の支度を手伝ってくれた

祐里の手際のよさに頭を巡らせていた。

 祐里が『旦那さま、どうぞ』と上着を着せかけてくれた瞬間は、しあわせを

纏ったような気分に包まれた。

「本当に愛らしい娘に育ったものだ」

 旦那さまは、上着に触れて思わず呟いていた。

 祐里がいなくなったお屋敷の静寂をしみじみと考えていた。

 慎ましく愛らしい声で『旦那さま』と呼ぶ声が聞こえなくなると思うと寂しさが込み上げてきた。

 おかしなことに祐里を嫁に出すのが惜しいとさえ思えてきた。

 そして、首を振り

「まだ嫁ぐまでに三年はあるのだから」

と自分に言い聞かせて、机の上に積まれた書類へ目を移した。
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