桜ものがたり
 土曜日の放課後、貸し切りの銀杏亭は、制服姿の男子学生と女子学生の

華やいだ声で賑わっていた。

「また、会えたね。鶴久柾彦(つるくまさひこ)です。どうぞ、よろしく」

先日の図書館で出会った方が、優しい微笑を湛えて、真っ直ぐに祐里を

見つめていた。

 祐里は、賑やかな会場が一時的に静寂に包まれたような錯覚に陥った。

「先日は、ありがとうございました。榊原祐里と申します」

 図書館では、ドキドキしてきちんとしたお礼の言葉も言えなかったが、

今日は級友たちと一緒ということで心強く、祐里は、落ち着いて挨拶ができた。

「柾彦さま、祐里さまとお知り合いでいらしたの」

杏子が興味深げに話に割りこむ。

「先日、図書館で会ったばかりだよね」

柾彦が、祐里に相槌を求める。

「ええ、鶴久さまに高い書架から本をお取りいただいて」

 祐里は、図書室の場面を思い出していた。

「まぁ、祐里さま、ご縁ですわね。柾彦さまは、鶴久病院の御曹司で

なかなか昼食会にお誘いしても来てくださらないのよ。

 柾彦さまはお目が高い。祐里さまは、昼食会に初登場の桜河家のお嬢さまです」

杏子は、二人を仲人のように紹介すると意味ありげな頬笑みを残して、

次の席へ移って行った。
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