桜ものがたり
テラスにひとり残された文彌は、地団駄を踏み
(必ず僕の女にしてやる)
と祐里の胸の柔らかい感触が残った手を握り締めて、首筋の甘い香りを
思い出しながら、祐里への恋情ゆえの憎悪を募らせていた。
「ありがとうございます。柾彦さまがいらしてくださって助かりました。
あら、申し訳ございません。お洋服に葡萄酒がかかってしまいました」
祐里は、レースの白いハンカチを取り出して、柾彦の肩口に飛び散った
葡萄酒の滴(しずく)を拭き取る。
祐里の白いハンカチは、深紅の葡萄酒が沁み込んで紅く染まり、それはまるで
祐里のこころの傷口から零(こぼ)れた鮮血のようで痛々しかった。
柾彦は、未(いま)だに祐里が小さく震えているのを気遣って、ハンカチを
持つ祐里の手を握るとおどけて見せた。
「ありがとう、姫。先程、姫に気づいて声をかけようと思ったら、
なんだか野獣が姫を追いかけていて、守り人のぼくは疾風の如くかけつけた
訳です。
野獣を退治できなかったのは残念でしたが、姫のお命はお守りできました」
柾彦は、祐里に怖い思いをさせる前に間に合わなかった自身を悔いていた。
祐里の冷たい手が柾彦の手の温もりで暖められていく。
「柾彦さまったら、また、御伽噺になってしまいますわ」
祐里は、柾彦の優しさに包まれて、安堵の笑みを浮かべた。
柾彦は、この際だからと祐里の手を握りしめつつ、先程、文彌が口にした
『光祐坊ちゃん』という名が胸の中に引っかかる。
(必ず僕の女にしてやる)
と祐里の胸の柔らかい感触が残った手を握り締めて、首筋の甘い香りを
思い出しながら、祐里への恋情ゆえの憎悪を募らせていた。
「ありがとうございます。柾彦さまがいらしてくださって助かりました。
あら、申し訳ございません。お洋服に葡萄酒がかかってしまいました」
祐里は、レースの白いハンカチを取り出して、柾彦の肩口に飛び散った
葡萄酒の滴(しずく)を拭き取る。
祐里の白いハンカチは、深紅の葡萄酒が沁み込んで紅く染まり、それはまるで
祐里のこころの傷口から零(こぼ)れた鮮血のようで痛々しかった。
柾彦は、未(いま)だに祐里が小さく震えているのを気遣って、ハンカチを
持つ祐里の手を握るとおどけて見せた。
「ありがとう、姫。先程、姫に気づいて声をかけようと思ったら、
なんだか野獣が姫を追いかけていて、守り人のぼくは疾風の如くかけつけた
訳です。
野獣を退治できなかったのは残念でしたが、姫のお命はお守りできました」
柾彦は、祐里に怖い思いをさせる前に間に合わなかった自身を悔いていた。
祐里の冷たい手が柾彦の手の温もりで暖められていく。
「柾彦さまったら、また、御伽噺になってしまいますわ」
祐里は、柾彦の優しさに包まれて、安堵の笑みを浮かべた。
柾彦は、この際だからと祐里の手を握りしめつつ、先程、文彌が口にした
『光祐坊ちゃん』という名が胸の中に引っかかる。