桜ものがたり
 「びっくりしたなぁ。

 姫の母上さまに会って緊張したところに、母上まで登場してくるのだもの」

「私も驚きました。

 柾彦さまのお母さまは、とても優しそうなお方でございますね」

 祐里は、柾彦の快活さは母親譲りだと感じていた。

「姫の母上さまだって優しそうだし、姫に似てすごく綺麗な方だね」

 柾彦は、奥さまと祐里の雰囲気が血は繋がっていなくてもよく似ていると

感じた。

「奥さまは、私の理想の方でございますもの。

 柾彦さま、私は、桜河のお屋敷でお世話になっておりますが実の娘では

ございませんの。

 本当はこのような晩餐会に参会できる身分ではございませんし、

柾彦さまと親しくお話しさせていただける立場ではございません。

 先程は、あの方の非礼な言葉に気分を害されましたでしょう。

 私のような者のために申し訳ございませんでした」

 祐里は、柾彦に誤解されたままでは申し訳なく思い、真実を話して深々と

頭を下げて謝った。柾彦には隠し立てをしたくなかった。

「それで、旦那さまや奥さまと呼んでいるのだね。

 ぼくには、お二人が姫のことを実の娘のように可愛くて仕方がないと

思っていらっしゃるって感じられるよ。

 姫が頭を下げる必要なんてないよ。

 姫は、素敵な女性なのだから誰にも引けを取らないし、

気兼ねすることもないさ。

 姫の誇りを汚すような失礼な野獣の言うことなんて気にしないほうがいい。

 姫は、誰がみても桜河家の気高き姫なのだからね」

 柾彦は、上着から漂う葡萄酒の香りと隣に座る祐里の甘い香りに酔いしれていた。

(慎ましやかでありながら、誰よりも気品を感じさせる美しさを持ち合わせた

祐里が気にする身分や立場とは、いったい何なのだろう)

と祐里の美しい顔立ちを見つめながら考えていた。

「柾彦さまは、本当にお優しい方でございますのね。

 光祐さまもいつもそのようにおっしゃってくださいます」

「兄上さまのこと」
「はい。今は都の大学で学ばれてございますが、とても強くて

お優しい御方でございますの」

 祐里は、頬を桜色に染めて遠くの光祐さまを想った。

 柾彦は、祐里の瞳が隣にいる自分を透り越して光祐さまに注がれているのを

感じた。

 それでも、野蛮な文彌のような男から祐里を守りたいとこころから思った。

 祐里といると柾彦のこころは満たされ安らぎを感じることができた。

 柾彦にとって祐里への想いは、初恋のようでもあり、姫を警護する

『守り人』の使命感に溢れていた。


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