桜ものがたり
「祐里、愛しているよ」
光祐さまは、祐里の耳元で囁いて、優しく髪を撫でると、
手を繋いだまま歩き出した。
(誰よりも光祐さまをお慕い申し上げてございます)
祐里は、幾度も心の中で応えた。
(ぼくは、ひとりの人間として、心の優しい祐里を愛している。
ただ、それだけのことなのに、どうしていけないのだろう)
光祐さまは、春の陽射しの溢れる中で考えていた。
「休暇は、いつまででございますか」
祐里は、光祐さまの温かさを感じつつ、
再会した瞬間から、別れの辛さや淋しさを考えてしまう。
「祐里の誕生日の三日に発つことになりそうだよ。
入学式までにはまだ日があるのだけれど、
父上さまとご挨拶に伺う御邸(おやしき)が多くてね。
滞在は十日間だけれど、
祐里と一緒に過ごすと、都に帰りたくなくなるね」
光祐さまは、自分が都の学校に通うように
祐里も都の女学校へ通っても良いのではないか……と、
祐里を都の別邸に呼んで一緒に暮らしたいと叶わぬ夢を描いていた。
「十日間も、光祐さまとご一緒に過ごせますのは嬉しゅうございます」
川原の小さな草花が陽の光に輝き、光祐さまと祐里を優しく包み込む。
小鳥たちは可愛い声で囀って二人の仲を祝福していた。
光祐さまと祐里は、至福の世界に包まれていた。