桜ものがたり
「光祐、お帰り。早かったね」

 旦那さまは、自分の考えが正しい事を確認して光祐さまを嬉しそうに見つめた。

「父上さま、祐里の結婚相手が決まったって、どういう事なのですか」

光祐さまは、肩で息をして早口で旦那さまを問い詰めながら、

旦那さまが微笑んでいる姿に不思議な戸惑いを感じた。

「光祐、祐里のこととなると熱くなるようだが、まぁ落ち着きなさい」

 すぐに奥さまと祐里が何事かと書斎に入り、奉公人たちは遠巻きに

様子を窺っていた。

「旦那さま、わたくしは何も聞いてございませんわ」

 奥さまは驚いて旦那さまに詰め寄った。

 祐里は、突然の結婚話に凍りついたように書斎の入り口に佇んでいた。

「さて、光祐も帰った事だし、薫子も祐里も今から大切な話をするから座りなさい」

光祐さまや奥さまの剣幕とは正反対に、旦那さまは、優しい笑みを浮かべて、

ゆっくりと御婆さまの遺言書を机の引き出しから取り出して長椅子に

腰かけた。

 奥さまは、旦那さまの隣に座り、光祐さまは、凍りついた祐里を優しく

導いて向かい側に座った。

「先日の祐里の誕生日に元山弁護士より、御婆さまの遺言書を受け取った。

 光祐が都に戻ったばかりだったので、この連休まで待つことにしたのだが

なんと待ち遠しかったことか。

 今から読み上げるが、これは御婆さまのお気持ちであり、光祐や祐里に

その気持ちがなければ遂行しなくてもいいと初めに断っておく。

 ただ、私が打った電報でこのように早く帰って来たところを見ると

光祐の気持ちは、御婆さまのお気持ち通りのようだね。

 さて、祐里は、後から私たちに遠慮せずに自分の気持ちを正直にいいなさい」

奥さまも光祐さまも祐里も訳が分からないまま神妙に頷いた。

 旦那さまは、それではと濤子さまの遺言書をゆっくりと開いて読み上げた。

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