桜ものがたり
「父上さま、驚かさないでください。

 電報の祐里の結婚相手は、私だったのですね。

 私は、結婚相手は祐里しかいないと子どもの頃から決心していました。

 父上さまは、いつも祐里は妹だとおっしゃっていましたが、大学を卒業して

一人前になったら祐里と結婚したいと父上さまに申し上げるつもりでおりました。

 私の妻は、祐里の他には考えられません。

 私は、祐里と結婚して桜河の家を大切に守っていきます」

光祐さまは、祐里の手を取り、しっかりと旦那さまに返答した。

 一番驚いて、溢れんばかりのしあわせを感じているのは祐里だった。

「やはり、光祐は、祐里のことを想っていたのだね。灯台下暗しだったと

いうわけだ。

 さて、祐里の気持ちを正直に聞かせておくれ。

 私たちや光祐に遠慮しなくてもいいのだよ。

 他家に嫁ぎたければそれは祐里の自由だし、その時には、娘として立派な

支度をするつもりだからね」

 旦那さまと奥さまは、期待を込めて身を乗り出して祐里を見つめた。

 祐里は、旦那さまと奥さまの勢いに背中を押されるようにして、

俯きながらも秘めていた想いを語った。

「私には、もったいのうございます。

 御婆さまのご遺言にとても感謝申し上げます」

 祐里は、ここで胸がいっぱいになり、大粒の涙をぽとりと両方の瞳から零した。

 旦那さまと奥さまは、祐里を急(せ)かさないよう静かに見つめていた。

 光祐さまは、祐里の手をゆっくりと撫でた。

 祐里は、光祐さまに励まされて言葉を続ける。

「私は、分不相応と思いながらも、ずっと光祐さまをお慕い申し上げて

参りました。

 これからも、旦那さまと奥さまと桜河のお屋敷で暮らせると思うと

嬉しいばかりでございます……

本当に祐里でよろしゅうございますの」

 祐里は、真っすぐに光祐さまを見つめて、旦那さまと奥さまに視線を移した。

 光祐さまの愛情溢れる瞳と旦那さまと奥さまの期待の表情に包まれた。

「もちろんだとも。私たちは、祐里しかいないと思っているのだよ」

 旦那さまは、満面の笑顔で頷いた。

「光祐さん、祐里さん、おめでとうございます。

 ここ数日の旦那さまのご機嫌なお顔の訳がようやく分かりましたわ。
 
 わたくしにも内緒にされてございましたのね」

奥さまも晴れやかな笑顔で、愛しい光祐さまと祐里のしあわせな姿に目を細めた。
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