桜ものがたり
 しばらくして光祐さまと祐里が書斎を退室すると、

旦那さまは、遺言書を机の引出しに仕舞って、奥さまに大きく頷いてみせた。

「私の心配は取り越し苦労だったようだ。

 光祐は、自分で最良の妻を見つけていたのだね。

 それにしても、祐里は、不思議な娘だ。

 母上が神の御子と信じていたように祐里の前では生まれや身分など問題に

ならなくなってしまう。

 薫子、桜河の家が笑いの種になったとしても私たちは満足だね」

 旦那さまは、奥さまの手を取った。

「誰も笑いはいたしませんわ。

 祐里さんは、どなたがご覧になられても立派な光祐さんのお相手でございますもの。

 旦那さまとわたくしが、どこに出しても恥ずかしくないように大切に

育てて参りましたし、祐里さんの気品は持って生まれたものでございます。

 どちらの御嬢様にも比類のない限りでございますわ。

 榊原さんは、きっと神さまに縁の家の出でございましょう。

 祐里さんのお見合いから、光祐さんの気持ちは薄々感じておりました。

 わたくしとて、光祐さんの嫁には祐里さんをと思ってございましたもの」

 奥さまも満面の笑みで、旦那さまの手に両手を添えた。

「私も見合いをさせた後から急に祐里を嫁に出すのが惜しくなった。

 今思えば、祐里以外に光祐に似合いの娘はいない。

 祐里を手放さずに済んで本当にめでたし、めでたし、だ」

「わたくしもほっといたしました。祐里さんは、ほんに側に居るだけで

しあわせな気分にしてくれる娘でございますもの」

旦那さまと奥さまは、肩を寄せ合い、光祐さまと祐里の結婚に思いを馳せていた。
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