桜ものがたり
「祐里、庭に出てみようよ」

「はい。光祐さま」

 五月の爽やかな風が若葉の香りを庭いっぱいに漂わせる明るい月夜だった。

「今年は、お庭の桜の樹に少しお花が残ってございますの。

 若葉色の葉と淡い桜色が綺麗でございます」

 祐里は、月の光に照らされた大好きな桜の樹を見上げた。

「桜の樹も御婆さまもぼくと祐里を祝福してくれているのだね。

 桜の樹、ありがとう。お陰で祐里をしあわせにできるよ」

 光祐さまは、桜の樹を見上げて手を合わせた。

 月の青い光が桜の花に反射して、そよ風と共にはらはらと舞い散る花弁の中に

佇む祐里をますます美しく見せていた。

「光祐さまがお側に居ない時は、御婆さまの桜の樹がいつも私を励まして

くれました。

 桜さん、本当にありがとうございます。

 そして、光祐さまが力強く私をお守りくださいました。

 私は、光祐さまを信じて今日まで参りました。

 祐里は、夢のようにしあわせでございます」

「祐里、これからもずっとぼくの側にいておくれ」

「はい、光祐さま。祐里は、いつまでも光祐さまのお側に居とうございます」

桜の花弁が祐里の長い髪にとまり、光祐さまは、そっと祐里を抱き寄せて

くちづけた。

 祐里は、光祐さまの力強い愛に包まれて溢れんばかりのしあわせを感じていた。

 天の月と優雅な桜の樹だけが、二人のくちづけを静かに祝福して見守っていた。

 
光祐さまは、祐里との結婚が公になるまで、兄以上の行動に出ないように

心に誓っていた。

 それほどまでに祐里のことを清らかに大切に想っていた。

 離れていても祐里のことを想うだけで、こころが安らいだ。

 それは、祐里も同じだった。

 こうして、桜河家では、光祐さまが大学を卒業して会社の役員研修を

無事終了した、光祐さま二十三歳、祐里二十一歳の桜の盛りに、

盛大な結婚式・結婚披露宴が三日三晩続いて催された。

 お屋敷の樹齢三百年になる桜の樹が光祐さまと祐里の結婚を祝して、

百年に一度咲くという紅白の見事な花を開花させた。

 
 その桜の樹の下の花婿・花嫁の絵にも描けない美しさは、春風に乗って

都にまで伝わっていった。
 
 光祐さまは、祐里を愛しみ力強く守っていた。

 祐里は、光祐さまに寄り添って、桜の樹をお守りの如く毎日欠かさず

大切にして過ごした。

 旦那さまと奥さまは、仲睦まじい光祐さまと祐里の姿に目を細めて見守っていた。

 
 翌年の春、これも桜の盛りに桜の樹とお屋敷の人々の祝福を受けて、

無事に双子の優祐(ゆうすけ)と祐雫(ゆうな)が生まれた。

 輝かしい桜河家の未来を荷なった御子の誕生であった。

< 79 / 85 >

この作品をシェア

pagetop