桜ものがたり
 川原を過ぎて桜橋を渡った所で、光祐さまは、祐里から手を離し、

しきたりを重んじて一歩前を歩いた。

「桜河のお坊ちゃま、お帰りなさいませ。祐里さま、こんにちは」

 光祐さまと祐里は、家並みの続く道々で、光祐さまの帰省を祝いに出てきた

衆(みな)から声をかけられた。

 衆(みな)は、立派になった光祐さまを仰ぎ見た。

「ただいま帰りました。お元気で何よりです」

「こんにちは。ご機嫌いかがでございますか」

 その一人一人に光祐さまは、会釈を返し、祐里は、一人一人に丁寧に

声をかけた。

 光祐さまの帰省の知らせは衆(みな)に知れ渡っていた。

 桜川地方では、桜河のお屋敷に足を向けられないと、衆(みな)は、

口を揃えて称える。

 旦那さまも奥さまも光祐さまも衆(みな)から敬われていた。

 そして、祐里の出生を知っている衆(みな)でさえ、今では祐里のことを

桜河のお嬢さまとして敬っていた。

 祐里が道を通るだけで、衆(みな)は不思議としあわせな気分になるのだった。
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