桜ものがたり
文彌は、紅茶から立ち上る湯気が部屋の空気に溶け込んでいく様子を
静かに見つめていた。
そして、意を決して文彌が口を開いた。
「ご立派な後継ぎに成長されましたね。
随分と迷いましたが、一度、お詫びに伺いたいと存じまして、本日参りました。
私も若かったとはいえ、何時ぞやは大変失礼をいたしました。
特に奥さまには誠に申し訳なく思っております」
文彌は、椅子から立ち上がって深々と頭を垂れた。
光祐さまは、文彌の突然の来訪と恭(うやうや)しい態度に驚いていた。
「榛様、どうぞ、頭をあげてください。
突然のご来訪でどのようにお答えしたらよろしいのか、正直なところ
考えあぐねています。
ただ、過ぎたことは、過ぎたこととして水に流すこともできましょう。
私も祐里も現在(いま)を大切に暮らしておりますので」
光祐さまは、現在(いま)のしあわせに思いを巡らし、愛しい祐里を想いながら
優しい微笑みを湛えた。
文彌は、その微笑を受けて心が洗われていくように感じていた。
「十数年前、酒宴の帰りに行ったつもりのない山で遭難しましてね。
一晩、山中でさ迷ったのですが、それはもう言葉に表せないほどの
恐ろしい思いをしました。樹木が襲いかかって来ましてね。
一晩中、走って逃げ回りました。逃げても、逃げても追いかけられて、
捜索隊に発見された時には、麓(ふもと)の桜林(おうりん)でこのように
白髪(しらが)になって気を失っておりました。
たぶん、罰が下ったのでしょうね。お恥ずかしいことですが私のこころの
闇が妄想となって現れたのかもしれません。
突然伺って妙な話をいたしまして、申し訳ありません」
光祐さまの優しい笑顔に包まれて、文彌は、思わず恐怖の体験を話していた。
話し終えると青ざめた顔色で身震いしながら苦笑した。
「そのようなことがあったのですか。さぞ辛かったことでしょうね。
しかし、榛様、これからは、きっと、よい方に向かいますでしょう」
光祐さまは、既にこころの中で文彌を許していた。
そして、優しい祐里のことだから、丁重に詫びている文彌を許すだろう
と確信していた。
「本日は、意を決して伺ってよかったです。
これから先、桜河さまが必要とあれば、榛銀行は、協力を惜しみません。
貴重なお時間を私の為に割いていただいて誠にありがとうございました。
失礼いたします」
文彌は、椅子から立ち上がって、再び、深々とお辞儀をすると部屋を
辞して行った。
光祐さまは、玄関先まで文彌を送って出た。
静かに見つめていた。
そして、意を決して文彌が口を開いた。
「ご立派な後継ぎに成長されましたね。
随分と迷いましたが、一度、お詫びに伺いたいと存じまして、本日参りました。
私も若かったとはいえ、何時ぞやは大変失礼をいたしました。
特に奥さまには誠に申し訳なく思っております」
文彌は、椅子から立ち上がって深々と頭を垂れた。
光祐さまは、文彌の突然の来訪と恭(うやうや)しい態度に驚いていた。
「榛様、どうぞ、頭をあげてください。
突然のご来訪でどのようにお答えしたらよろしいのか、正直なところ
考えあぐねています。
ただ、過ぎたことは、過ぎたこととして水に流すこともできましょう。
私も祐里も現在(いま)を大切に暮らしておりますので」
光祐さまは、現在(いま)のしあわせに思いを巡らし、愛しい祐里を想いながら
優しい微笑みを湛えた。
文彌は、その微笑を受けて心が洗われていくように感じていた。
「十数年前、酒宴の帰りに行ったつもりのない山で遭難しましてね。
一晩、山中でさ迷ったのですが、それはもう言葉に表せないほどの
恐ろしい思いをしました。樹木が襲いかかって来ましてね。
一晩中、走って逃げ回りました。逃げても、逃げても追いかけられて、
捜索隊に発見された時には、麓(ふもと)の桜林(おうりん)でこのように
白髪(しらが)になって気を失っておりました。
たぶん、罰が下ったのでしょうね。お恥ずかしいことですが私のこころの
闇が妄想となって現れたのかもしれません。
突然伺って妙な話をいたしまして、申し訳ありません」
光祐さまの優しい笑顔に包まれて、文彌は、思わず恐怖の体験を話していた。
話し終えると青ざめた顔色で身震いしながら苦笑した。
「そのようなことがあったのですか。さぞ辛かったことでしょうね。
しかし、榛様、これからは、きっと、よい方に向かいますでしょう」
光祐さまは、既にこころの中で文彌を許していた。
そして、優しい祐里のことだから、丁重に詫びている文彌を許すだろう
と確信していた。
「本日は、意を決して伺ってよかったです。
これから先、桜河さまが必要とあれば、榛銀行は、協力を惜しみません。
貴重なお時間を私の為に割いていただいて誠にありがとうございました。
失礼いたします」
文彌は、椅子から立ち上がって、再び、深々とお辞儀をすると部屋を
辞して行った。
光祐さまは、玄関先まで文彌を送って出た。