Mary's Boy Child ―お父さんとお母さんはねこになった―
胸騒ぎがしたおれは急いで携帯を閉じると、「すまないが」引継ぎを頼む、簡単な言葉と共に荷物を纏めた。
「ええ?!」引継ぎってっ、部下の頓狂な声に、「後で連絡する!」今は時間がないのだと職場を飛び出し、全力疾走で会社を去る。
バス通勤がこれほど憎いと思った事がない。
おれは苛々しながらバスを待ち、その際も自宅に連絡を入れ続ける。
夢の中ではあれほど電話を待ち焦がれていたのに、仙太郎は一向に電話を取ってくれない。
“お父さんとお母さん、ぼくは大好きだ”
大きくなる本能の警鐘に苛立ちながら、おれはバスに乗り込み、10分という貴重な時間を車内で潰して、ようやく下車。
停留所から自宅までインターバルなしのフルマラソンを完走した。
いい歳になっているのだから、こんな無茶ぶりの運動をして節々に響かないわけがない。
ゼェハァと息をつきながら、おれは自宅の扉を開ける。
同時に「仙太郎!」悲鳴に近い声が、背後から聞こえてきた。
振り返れば、化粧を若干崩している汗だくの頼子が立っていた。
白ねこじゃない。
「黒ねこじゃない…わね」
その言葉だけで分かるおれ達は立派な夫婦のようだ。
まさしく以心伝心レベルにまで達している、睦ましい夫婦だといえる。