樹海の瞳【短編ホラー】
「霧はいつ晴れるんだ」
 少し苛ついたように、西郷は膝を揺らして言った。

「そればかりは、自然ですから」

「私はここの珈琲とパンが好きですよ」
 木暮が言った。

「なんだか落ち着きます。こんな気分なのは、何年ぶりかな」
 木暮はさらに続ける。

「黛さんには御迷惑でしょうけど、私はずっとここに居たい気分ですよ」

「兄チャン、随分、疲れてるな」

「いろいろありましたもので」

「私は構いませんよ。気の効いた事は出来ませんが」

「何を呑気な事を。霧が晴れなきゃ、一歩も出られやしない」
 西郷は少しふてくされたような顔をした。

「俺はもう寝るよ」
 西郷はその場でゴロンと横になると、あっという間にイビキをかき出した。

「木暮さん」

「はい」

「貴方も見られましたか」

「え?」

「赤いワンピースの女性ですよ」

「樹海に住んでいるとかいう女性ですか」

「ええ」

「やはり、さっき二階の部屋に誰かいたのですか」

「今度は訪ねて来ますよ」

 黛はそう言い残すと、二階へ戻って行った。
 木暮も横になった。西郷のイビキが大きくなった。

 暫くして、玄関の扉を叩く音がした。風の音かも知れない。
 木暮は眠れなかった。おもむろに扉に近付くと、覗き窓からそっと外の様子を伺った。
 一見、誰もいなかった。瞬きをすると、ニットの赤いワンピースが見えた。顔は見えない。

「木暮さん・・」

 女性の声が木暮に話し掛けた。
 はっとして、思わず扉から離れた。

 しかし、直ぐに気を取り直して、顔を確認しようともう一度覗き込んだ。

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