春、恋。夢桜。
「麗華。あなたは人間だった頃、あの地域の長の娘だったそうですよ」

「え?」

「娘……と言っても、養子だったようですが」

「養子……?」


紅姫様がこれから何を言うのじゃろうか。

わしには、想像がつかなかった。


「長には、ずっと娘がいなかったそうです。男の子はたくさんいたため、跡継ぎには困らなかったらしいのですが……

政略結婚などのために、長はどうしても娘を手元に置いておきたかったと聞いています」


「せいりゃく、けっこん?」

「それなのに、いつまでたっても女の子が生まれることはなかったのです」

「じゃから、養子を?」

「はい。ですが、麗華を養子として引き取ったすぐ後に、長には女の子ができたのです」


何となくじゃが、その時のわしの状況がわかるような気がした。


養子の自分と、自分の本当の娘である女の子。


両者に対する接し方、感情には、おそらく違いが生まれていたのだろう。


「そして、時が流れて、あの桜の事件が起こりました。

『生贄を捧げれば解決する』という助言は、完全なる間違いです。ですが、当時の人々にとっては、そのような術者の発言は絶対だったのです。

生贄として差し出す娘を誰にするのか……。それはおそらく、とても壮絶な論争になったのだと思います」
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