春、恋。夢桜。
「響、家どっち?」
新しく買わされた教科書類を鞄に詰めていると、隣からまた声がかかった。
「家? 学校の前のコンビニの方」
「コンビニ……って俺と逆じゃん!俺、本屋側だし」
「そうか」
教科書が詰まって歪な形になった鞄を持ち上げる。
布が千切れるんじゃないか、と思うほどの重みが少し鬱陶しい。
でも、それも仕方がないか。
俺は、そのまま戸崎の後ろを通り抜けて、教室を出た。
「で、何でお前はついてくるわけ?」
「何でって、俺も今から帰るし?クラスが同じなんだからチャリ置きも一緒だろーが」
確かにコイツの言うとおりだ……
小さく息を吐いてから、スピードを緩めずに足を進める。
廊下を抜けてエスカレーターに乗ったところで、前にいた女子の会話が聞こえてきた。
アーチ型の窓ガラスに覆われた明るい空間へ見事に溶け込んだ元気な声は
聞きたくなくても耳に入り込んでくる。
テレビ番組について語ってるらしい。
でも、彼女達の1人がいきなり話題を変えた。
「あっ、そうだ!ねぇ、知ってる? 月美丘にある、桜の話」