春、恋。夢桜。
月美丘? 桜?
ここまで聞いたところで、全ての音を聞き流した俺の耳が焦点を定めた。
「何? 桜の話って」
「あの桜にはね、桜の精がいるんだって!」
桜の精。
それは聞き間違いでも何でもない。
紛れもなく、カズハのことだ。
「満月の夜に桜の木を見ると、運が良ければ見えるらしいよ!夢を叶える、桜の精!」
微妙にカズハの話と食い違ってる辺りが
噂話のお約束、とでも言うところか。
でもこれは、カズハの存在が多くの人に伝わってることでもあると思う。
「桜の精って……。ユミってばいつからそんなにロマンチックなこと言うようになったわけ?」
「えぇー!だって良くない? 願えば夢が叶うんだよ!?」
「はいはい。勝手に言ってな!」
「そんなぁー」
ユミと呼ばれた女子生徒は、不機嫌そうな声を出しながら顔を歪めた。
それを見て盛大に笑い合うと、彼女達の話はありふれたクラスのイケメンのことで持ちきりになって
カズハの話が出てくることはなかった。
願えば夢を叶える……か。
そんな強烈な力、カズハが持ってんのか?
いくつかの疑問を抱えたすっきりしない頭のまま自転車置場へ行って、ハイテンションで話し続ける戸崎と別れてから
俺は家へ向かった。