春、恋。夢桜。
【二】
「響。あんた、何で鞄なんか持ってるの?走りに行くんでしょ?」
次の日の夜。
玄関に座り込んで靴ひもを結ぶ俺に、母親が不思議そうに声を掛けた。
「あぁ。そうだけど……。
少し負荷をかけてみようと思ってさ。足にはまだ無理だろうから、とりあえず鞄で」
肩を竦ませた俺に、母親は納得したような、してないような、曖昧な表情を浮かべた。
俺が背負ったのは、エナメルのスポーツバッグ。
真っ白だったこの鞄が所々茶色く汚れていたり、裂けたような傷が付いていたりするのは
昔の名残。
長い間、封印でもするみたいに使ってなかった鞄だった――――
でも、ジャージに合わせて持てる鞄と言うと、コイツくらいしか思い浮かばない。
だから仕方がなく、クローゼットの奥から引っ張りだした。
鞄の中身は、梨恋がカズハに宛てた1通の手紙。
どう考えても、負荷にはならない。
でも、折れないようにしっかりとファイルにはさんでから鞄に入れた。
その手紙の価値は、見た目の何百倍もある気がする。